船橋キリスト教 家庭集会         毎月第4木曜日(月1回)

新改訳聖書の解説 No.11
 2014年08月28

イエス・キリストの復活、聖霊について
Tペテロ3:19〜22
聖書箇所を用いた解説

復習

Tペテロ3:8〜18
Tペテロ3:8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。
Tペテロ3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。
Tペテロ3:10 「いのちを愛し、幸いな日々を過ごしたいと思う者は、@舌を押さえて悪を言わず、Aくちびるを閉ざして偽りを語らず、(意見を言うことは、)
Tペテロ3:11 B悪から遠ざかってC善を行い、D平和を求めてこれを追い求めよ。
Tペテロ3:12主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。しかし主の顔は、悪を行う者に立ち向かう。」
Tペテロ3:13 もし、あなたがたが善に熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。

  弟子たちは、分裂していた。ペテロも同様であった。 ⇒下記を参照


マタイ26:31 そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる』と書いてあるからです。
マタイ26:32 しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます。」
マタイ26:33 すると、ペテロがイエスに答えて言った。「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。」
マタイ26:34 イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」
マタイ26:35 ペテロは言った。「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」弟子たちはみなそう言った。

ルカ22:21 しかし、見なさい。わたしを裏切る者の手が、わたしとともに食卓にあります。
ルカ22:22 人の子は、定められたとおりに去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。」
ルカ22:23 そこで弟子たちは、そんなことをしようとしている者は、いったいこの中のだれなのかと、互いに議論をし始めた。
ルカ22:24 また、彼らの間には、この中でだれが一番偉いだろうかという論議も起こった。
 世の中の価値観で判断している。
  イエスは、互いに愛し合いなさい。

ヨハネ20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」
ヨハネ20:20 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。
ヨハネ20:21 イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」
ヨハネ20:22 そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。
ヨハネ20:23 あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」

聖霊の前置詞。 
パラ(並行して)、
エン(内側に)、
エピ(上からの力=キリストを証する。Tコリント15:3)
 まず、自分が満たされないのに、ほかの人を満たすことができない。(キリストを証する。)
 ペンテコステ派の人たちは、異言を語る。信じたら生まれ変わる。(ボーンアゲイン)
 ダイナモ=どんどん進んで行って、力が与えられる。

ルカ24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、
ルカ24:46 こう言われた。「次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、
ルカ24:47 その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。
ルカ24:48 あなたがたは、これらのことの証人です。
ルカ24:49 さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」

使徒1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」
 ⇒ペテロが変えられた。 Tペテロ3:8を実践できるようになった。←聖霊により変えれれ、従うことによる
1)弟子たちは、3年半毎日、 イエスの教えを受けた。(日曜クリスチャンは24年かかる?)訓練されなければ悟ることができない。
最後の晩餐のときの議論は、教えに従がっていない。
コリントの人たちは、先に聖霊を受けたので、(養いなさい)
ヤコブ5:19 私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、
ヤコブ5:20 罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい。 ⇒キリストに導いたことにあたる。

ここから本題

Tペテロ3:19 そのにおいて、キリストは捕らわれの霊たちのところに行って、みことばを語られたのです。
Tペテロ3:20 昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。
Tペテロ3:21 そのことは、今あなたがたを救うバプテスマをあらかじめ示した型なのです。バプテスマは肉体の汚れを取り除くものではなく、正しい良心の神への誓いであり、イエス・キリストの復活によるものです。
Tペテロ3:22 キリストは天に上り、御使いたち、および、もろもろの権威と権力を従えて、神の右の座におられます。


Tコリント15:17 そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。     →(復活はない)
Tコリント15:18 そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。
Tコリント15:19 もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。
 ⇒天に希望がある。

ローマ10:6 しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを引き降ろすことです。
ローマ10:7 また、「だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。
ローマ10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。
ローマ10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
ローマ10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

キリストを知った後で、従わないときの刑罰は、大きい

ローマ6:4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

ルカ11:13 してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです、 とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」
(私たちは、聖く、内から、神の助けが必要)

ローマ8:12 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。
ローマ8:13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行いを殺すなら、あなたがたは生きるのです。
ローマ8:14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。
ローマ8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。

マタイ5:3 「心の貧しい者(霊の乞食)は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。
   祈り=聖霊の助けを求める。悔い改める。 求めないのは、良くない。肉を殺す。赦される。