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船橋キリスト教家庭集会 毎月第4木曜日(月1回)
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新改訳聖書の解説
2014.03.26 |
イエス・キリストの永遠の御国に入る恵み
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Uペテロ1:10〜21
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聖書箇所を用いた解説
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| 復習 |
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| ペテロ1:3 というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。 |
召し=神が呼ばれた |
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| 1:4 その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。 |
=クリスチャンになる。 |
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| 1:5 こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、 1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、 1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。 1:8 これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、私たちの主イエス・キリストを知る点で、役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。 1:9 これらを備えていない者は、近視眼であり、盲目であって、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまったのです。 |
信仰(しんこう)⇒徳(とく)⇒知識(ちしき)⇒自制(じせい)⇒忍耐(にんたい)⇒敬虔(けいけん)⇒兄弟(きょうだい)愛(あい)⇒(神(かみ)の)愛(あい) 御霊の実 クリスチャンの心のうちに湧いてくる思いについて、感情 〈愛,喜び,平安〉 隣人に対しての思いについて 〈寛容,親切,善意〉、 自己吟味の内容について 〈誠実,柔和,自制〉 |
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| 本日の学び | ||
| Uペテロ1:10 ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行っていれば、つまずくことなど決してありません。 | 召された=呼ばれた。 ぶどう園の譬え、朝9時、12時、午後6時に召された人は、みんな同じ。十字架の隣の強盗は、天国に召された。(永遠の命)私たちは、キリストのようになるために呼ばれた。神の性質にあずかる、追及する。 |
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| Uペテロ1:11 このようにあなたがたは、私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの永遠の御国に入る恵みを豊かに加えられるのです。 | クリスチャンの目標=「永遠の御国に入る。」この地上の自分のために富んでも、死んだら誰のものになるか。
360日神に応答する。=御霊の実を結びなさい。 |
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| Uペテロ1:12 ですから、すでにこれらのことを知っており、現に持っている真理に堅く立っているあなたがたであるとはいえ、私はいつもこれらのことを、あなたがたに思い起こさせようとするのです。 | クリスチャンのなんどのしつこく教えている へブル10:23 約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。 10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。 10:25 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。 |
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| Uペテロ1:13 私が地上の幕屋にいる間は、これらのことを思い起こさせることによって、あなたがたを奮い立たせることを、私のなすべきことと思っています。 | 地上の幕屋=からだ(モーセのテント生活)。霊は永遠の御国に入る。 | |
| Uペテロ1:14 それは、私たちの主イエス・キリストも、私にはっきりお示しになったとおり、私がこの幕屋を脱ぎ捨てるのが間近に迫っているのを知っているからです。 | ヨハネ21:18 まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」 21:19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」 ペテロは、ローマでこの手紙を書いて、6年後に死んだ。 |
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| Uペテロ1:15 また、私の去った後に、あなたがたがいつでもこれらのことを思い起こせるよう、私は努めたいのです。
Uペテロ1:16 私たちは、あなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨とを知らせましたが、それは、うまく考え出した作り話に従ったのではありません。この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。 Uペテロ1:17 キリストが父なる神から誉れと栄光をお受けになったとき、おごそかな、栄光の神から、こういう御声がかかりました。「これはわたしの愛する子、わたしの喜ぶ者である。」 Uペテロ1:18 私たちは聖なる山で主イエスとともにいたので、天からかかったこの御声を、自分自身で聞いたのです。 |
変貌山の話し。 マタイ16:27 人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。その時には、おのおのその行いに応じて報いをします。 16:28 まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、人の子が御国とともに来るのを見るまでは、決して死を味わわない人々がいます。」 17:1 それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。 3人。イエスの復活するまで黙っているように 17:2 そして彼らの目の前で、御姿が変わり、御顔は太陽のように輝き、御衣は光のように白くなった。 17:3 しかも、モーセとエリヤが現われてイエスと話し合っているではないか。 17:4 すると、ペテロが口出ししてイエスに言った。「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです。もし、およろしければ、私が、ここに三つの幕屋を造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」 17:5 彼がまだ話している間に、見よ、光り輝く雲がその人々を包み、そして、雲の中から、「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞きなさい。」という声がした。 17:6 弟子たちは、この声を聞くと、ひれ伏して非常にこわがった。 17:7 すると、イエスが来られて、彼らに手を触れ、「起きなさい。こわがることはない。」と言われた。 17:8 それで、彼らが目を上げて見ると、だれもいなくて、ただイエスおひとりだけであった。 |
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| Uペテロ1:19 また、私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。 | (3回旧約聖書を読んだ話しがある) =旧約聖書のキリストの預言の方が確か。旧約聖書を読みなさい。神の言葉に目を留める。 イザヤ53:1 私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたのか。 53:2 彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。 53:3 彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。 53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。 53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。 53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。 53:7 彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。 53:8 しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれたことを。 53:9 彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行わず、その口に欺きはなかったが。 53:10 しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。 53:11 彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。 53:12 それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。 |
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| Uペテロ1:20 それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。 | 聖書の預言=旧約聖書、(変貌山のイエスを見たよりも、)確か。 | |
| Uペテロ1:21 なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。 | 旧約聖書の中に、キリストについての預言は、300箇所あります。 | |