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船橋キリスト教家庭集会 毎月第4木曜日(月1回)
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新改訳聖書の解説
2015.07.23 |
マルコの福音書 2章解説 |
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聖書箇所を用いた解説
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1)中風の人の話し マルコ 2:1〜12
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数日=ツァラアトの癒しの日から | |
| 2:2 それで多くの人が集まったため、戸口のところまですきまもないほどになった。この人たちに、イエスはみことばを話しておられた。 | みことば=体験談でない。 | |
| 2:3 そのとき、ひとりの中風の人が四人の人にかつがれて、みもとに連れて来られた。 | 中風の人=歩けなかった。 | |
| 2:4 群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり降ろした。 | コミュニティよその家の出入り自由。 中風の人を癒してほしかった。(中風の癒し) 病気は罪があるから、と考えらえていた。 |
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| 2:5 イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。
本人にとってうれしかった。神に罪を赦してもらった。 2:6 ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、心の中で理屈を言った。 2:7 「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。」 |
=ナザレのイエスは、この人が神であることを否定している。
律法学者が数人=ヘロデ党、 マルコ3:6 そこでパリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちといっしょになって、イエスをどのようにして葬り去ろうかと相談を始めた。 …は、批判していた。 批判的なスピリット。約束=神の徳を高める。+知識(うぬぼれる、自制、忍耐が必要+兄弟愛をほかの人にも適用する)+神の愛を加えなさい 詩篇 51:1 神よ。御恵みによって、私に情けをかけ、あなたの豊かなあわれみによって、私のそむきの罪をぬぐい去ってください。 51:2 どうか私の咎を、私から全く洗い去り、私の罪から、私をきよめてください。(神に対して罪を犯した。 =神に赦してもらう必要がある、人に対しても) 51:3 まことに、私は自分のそむきの罪を知っています。私の罪は、いつも私の目の前にあります。 51:4 私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行いました。それゆえ、あなたが宣告されるとき、あなたは正しく、さばかれるとき、あなたはきよくあられます。 51:5 ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。 |
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| 2:8 彼らが心の中でこのように理屈を言っているのを、イエスはすぐにご自分の霊で見抜いて、こう言われた。「なぜ、あなたがたは心の中でそんな理屈を言っているのか。
2:9 中風の人に、『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け』と言うのと、どちらがやさしいか。 |
「罪を赦す」のは、神しかできない。⇔「病気を治す」のどちらが優しいか? 「病気を治せた人、エリシャ、エリヤ ヨハネ20:23 あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」 本人が罪を認めないと赦されない。(悔い改める)、人は、追認する。 |
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| 2:10 人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、
2:11 「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。 2:12 すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、みなの見ている前を出て行った。それでみなの者がすっかり驚いて、「こういうことは、かつて見たことがない」と言って神をあがめた。 |
すべてが許される。神の御前に出られる。人の場合は、すべては赦すことは、あり得ない。
罪を認めない人は、赦されない。自分をせいです。 1ヨハネ1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。 同様の記載 マタイ9:1-8 ヨハネ5:17-26 (証人) |
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2)取税人マタイ 2:13 イエスはまた湖のほとりに出て行かれた。すると群衆がみな、みもとにやって来たので、彼らに教えられた。 |
「教える」 (福音書の2/3以上)記載されている。 | |
| 2:14 イエスは、道を通りながら、アルパヨの子レビが収税所にすわっているのをご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって従った。 | 皆に知られている。 「わたしについて来なさい」=マタイは、職場放棄 |
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| 2:15 それから、イエスは、彼の家で食卓に着かれた。取税人や罪人たちも大ぜい、イエスや弟子たちといっしょに食卓に着いていた。こういう人たちが大ぜいいて、イエスに従っていたのである。
2:16 パリサイ派の律法学者たちは、イエスが罪人や取税人たちといっしょに食事をしておられるのを見て、イエスの弟子たちにこう言った。「なぜ、あの人は取税人や罪人たちといっしょに食事をするのですか。」 2:17 イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」 |
ルカ5:31 そこで、イエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
5:32 わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」 マタイ9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。 9:13 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」 罪人の自覚、神の言葉、キリストは、招いている。 |
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3)新しい葡萄酒=赦された、なら。関係を説明している。 2:18 ヨハネの弟子たちとパリサイ人たちは断食をしていた。そして、イエスのもとに来て言った。「ヨハネの弟子たちやパリサイ人の弟子たちは断食するのに、あなたの弟子たちはなぜ断食しないのですか。」
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断食の理由。結婚式(お祝いの席)で断食しない、 花婿=キリスト |
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| 2:20 しかし、花婿が彼らから取り去られる時が来ます。その日には断食します。 2:21 だれも、真新しい布切れで古い着物の継ぎをするようなことはしません。そんなことをすれば、新しい継ぎ切れは古い着物を引き裂き、破れはもっとひどくなります。 |
「古い着物」=律法、 「真新しい布切」=新しい契約、キリストを信じる。 |
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| 2:22 また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、ぶどう酒は皮袋を張り裂き、ぶどう酒も皮袋もだめになってしまいます。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるのです。」 | マタイ6:15 しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。
6:16 断食するときには、偽善者たちのようにやつれた顔つきをしてはいけません。彼らは、断食していることが人に見えるようにと、その顔をやつすのです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。 6:17 しかし、あなたが断食するときには、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。 6:18 それは、断食していることが、人には見られないで、隠れた所におられるあなたの父に見られるためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が報いてくださいます。 |
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4)安息日について 2:23 ある安息日のこと、イエスは麦畑の中を通って行かれた。すると、弟子たちが道々穂を摘み始めた。 |
律法の解釈=安息日の解釈 律法よりも、イエスの教えの方が上。 イザヤ58:6 わたしの好む断食は、これではないか。悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。 58:7 飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか。 58:8 そのとき、暁のようにあなたの光がさしいで、あなたの傷はすみやかにいやされる。あなたの義はあなたの前に進み、主の栄光が、あなたのしんがりとなられる。 58:9 そのとき、あなたが呼ぶと、主は答え、あなたが叫ぶと、「わたしはここにいる」と仰せられる。もし、あなたの中から、くびきを除き、うしろ指をさすことや、つまらないおしゃべりを除き、 58:10 飢えた者に心を配り、悩む者の願いを満足させるなら、あなたの光は、やみの中に輝き上り、あなたの暗やみは、真昼のようになる。 58:11 主は絶えず、あなたを導いて、焼けつく土地でも、あなたの思いを満たし、あなたの骨を強くする。あなたは、潤された園のようになり、水のかれない源のようになる。 58:12 あなたのうちのある者は、昔の廃墟を建て直し、あなたは古代の礎を築き直し、「破れを繕う者、市街を住めるように回復する者」と呼ばれよう。 58:13 もし、あなたが安息日に出歩くことをやめ、わたしの聖日に自分の好むことをせず、安息日を「喜びの日」 と呼び、主の聖日を「はえある日」と呼び、これを尊んで旅をせず、自分の好むことを求めず、むだ口を慎むなら、 58:14 そのとき、あなたは主をあなたの喜びとしよう。「わたしはあなたに地の高い所を踏み行かせ、あなたの父ヤコブのゆずりの地であなたを養う」と主の御口が語られたからである。 マルコ3:1 イエスはまた会堂にはいられた。そこに片手のなえた人がいた。 マルコ3:2 彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた。イエスを訴えるためであった。 3:3 イエスは手のなえたその人に、「立って、真中に出なさい。」と言われた。 3:4 それから彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行なうことなのか、それとも悪を行なうことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか。」と言われた。彼らは黙っていた。 |
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「罪は赦される」 イザ 33:24 そこに住む者は、だれも「私は病気だ」とは言わず、そこに住む民の罪は赦される。 |
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