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2023.04.23
稲垣博史師 私たちは何者なのか (岩井キリスト教会,国内宣教師)
今週のみことば 1:1 神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロと、兄弟テモテから、コリントにある神の教会、ならびにアカイア全土にいるすべての聖徒たちへ。 1:2 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。 (コリント人への手紙 第二 1章1〜2節)
宣教概略 コリント教会はパウロが伝道旅行の途上で1年半以上腰を据えて働いた結果生 まれた。彼はそこを離れてからも心にかけていたが、教会に深刻な問題が生じ たことを知って手紙書いた。 その後、この二つ目の手紙をしたためた。この手紙の冒頭の挨拶の部分からパウロの深い思いを知らされる。 まず1節で「神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロ」と書き出し ている。もともとキリスト者に敵対していた人物だったパウロを使徒と認めよ うとしない人たちがいた。パウロは悩んだかもしれない。だが、彼には信仰者 になったのも、使徒になったのも神の意思によるのだという確信を示す。私た ちはさまざまな経緯を経て、信仰者として歩んでいるが、時にお前は本当にク リスチャンなのか、と人から言われ、不安に思うことがあるだろう。だが、私 たちは「神のみこころにより」今の私たちになったということをしっかり覚え ておきたい。 この手紙の宛先は「コリントにある神の教会、ならびにアカイア全土にいる すべての聖徒たち」である。「教会」と訳されるギリシャ語は、呼び集められ た者たちの集まりを指す。その地方のキリスト者が集められた群れが教会であ る。だが、パウロはその教会を「神の教会」と呼ぶ。教会の所有者は人ではな く、神ご自身である。教会は、常に神のみことばによって神の御思いを知り、 神のおこころを実現するために歩む。 また、教会は単に建物とか制度ではない。「聖徒たち」そのものである。私 たちの現状がどうであれ、神に取り分けられた者たちであり、真に「聖い」存 在へと変えられていくことを祈り求めていく者たちの群れである。 パウロはその挨拶の中で、「父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平 安があるように」と祈りを捧げる。受ける資格のないものに対する一方的な神 の恵みと、それによってどんなことがあっても動じることがない平安をいただ いていることを思い起こさせてくれている。
【参照】
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