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2023年度   礼拝メッセージ
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2023.06.11

  白石剛史師    呼びかける神」 

創世記3章8〜13節
  聖書のみことば (新改訳聖書2017)   メッセージ  


今週のみことば
「神である主は、人に呼びかけ、彼に言われた。 『あなたはどこにいるのか』」
(創世記3章9節)

宣教概略
「呼びかける神」
創世記3章8-13節
私たちと共にいてくださる神様の具体的な姿を 創世記3章から学びたい

序.「共にいる神」を見出すことが救いの本質
十字架による贖いは法律的な視点からの救いの捉え方であるが、聖書は「 救い主の名はインマヌエル」と語ることで、私たちと共におられる神との出 会いこそ救いの本質だとも語る。神が「共にいる」「寄り添う」とはどうい うことだろうか。今回は、私たちに呼びかけ、問いかけ、応答を待つ姿勢の 中にインマヌエルであるご自身を示してくださる神様の姿を学びたい。

1.アダムたちの背き(3:1-4)
ここは一般に原罪を語る箇所だと言われるが、ここには「罪」という言葉 はなく、木の実を取った行為そのものよりも、むしろその結果(死)に焦点 が合わされている。聖書では、具体的な悪い思いや行為も「罪」と呼ばれる が(ガラテヤ5:19-21)、それよりももっと深刻な罪は、神との関係を断っ てしまうこと。神との関係における死である。

2.神は呼びかけ、問いかけ、応答を求められた(3:8-13)
アダムたちの背きにもかかわらず、神様との関係はそれで終わったのでは なかった。神はご自身からアダムたちを探しに出て来られ、呼びかけて応答 を求められた。神との関係を拒んで園の木の間に身を隠し、神の呼びかけに 素直に答えなかったのは人間の方だったのである。それは聖霊を否む罪(マ タイ12:31-32)とも言われる。

3.神との関わりこそいのち(詩篇137篇参照)
このような神様の姿を知る時、祈りの大切さを思わされる。反省と悔い改 めの祈りは大事であるが、そればかりではなく、正直にありのままの思いを 神様にぶつける祈りができているだろうか。キリストのとりなし無しでも生 きられるかのような優等生にならず、愚痴も苦情も疑問もそのまま神にぶつ け、神様と関わり続けることの大切さを忘れないでいたい。

引用みことば
ガラテヤ5:19-21
5:19 肉のわざは明らかです。すなわち、淫らな行い、汚れ、好色、
5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、
5:21 ねたみ、泥酔、遊興、そういった類のものです。以前にも言ったように、今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。このようなことをしている者たちは神の国を相続できません。


マ タイ12:31-32

12:31 ですから、わたしはあなたがたに言います。人はどんな罪も冒涜も赦していただけますが、御霊に対する冒涜は赦されません。
12:32 また、人の子に逆らうことばを口にする者でも赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、この世でも次に来る世でも赦されません


詩篇137篇
137:1 バビロンの川のほとりそこに私たちは座りシオンを思い出して泣いた。
137:2 街中の柳の木々に私たちは竪琴を掛けた。
137:3 それは私たちを捕らえて来た者たちがそこで私たちに歌を求め私たちを苦しめる者たちが余興に「シオンの歌を一つ歌え」と言ったからだ。
137:4 どうして私たちが異国の地で【主】の歌を歌えるだろうか。
137:5 エルサレムよもしも私があなたを忘れてしまうならこの右手もその巧みさを忘れるがよい。
137:6 もしも私があなたを思い出さずエルサレムを至上の喜びとしないなら私の舌は上あごについてしまえばよい。
137:7 主よ思い出してください。エルサレムの日に「破壊せよ破壊せよ。その基までも」と言ったエドムの子らを。
137:8 娘バビロンよ荒らされるべき者よ。幸いなことよおまえが私たちにしたことに仕返しする人は。
137:9 幸いなことよおまえの幼子たちを捕らえ岩に打ちつける人は。