2024年度 礼拝メッセージ |
月日
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題
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聖書箇所
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2024.04.21 |
稲垣緋紗子師 信仰の父と言われる人
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創世記15章1〜16節
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聖書のみことば (新改訳聖書2017) メッセージ |
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「信仰の父と言われる人」
創世記15章1-16節 「アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。」15章6節 1.依然として約束の子は与えられていない。 アブラムに、子は依然として与えられていない。だが彼には、子孫が数えきれ ないほどになると約束されていた (12:2, 13:16)。 そして神は、再度彼に、「あな たへの報いは非常に大きい」と仰せられる (15:1)。 そして、彼の跡を継ぐのは 家のしもべではなく、養子となる者でもなく、彼自身から生まれ出る者である ということを、あらためて約束された。 2. 子孫はあなた自身からと仰せられる主を信じた。 「さあ、天を見上げなさい。星を数えられるなら数えなさい。」、「あなたの子孫 は、このようになる。」(5) アブラムは、この言葉を仰せられた主を信じた。 こ の箇所にわざわざ「主を信じた」と述べられている目的は、後代の私たちがアブ ラムの信仰に目を留めるためである。アブラムが義と認められたのは、彼が主 を信じたゆえである(6)。 3. 私たちも「主を」 信じて義とされる アブラムは、主を信じる信仰を義と認めていただいた。 それと同様に、私たち もまた、私たちの主であり救い主であるキリストを信じる信仰を義と認めてい ただくのである。「ですから、信仰によって生きる人々こそアブラハムの子であ る、と知りなさい」 (ガラテヤ3:7)。 キリストが私たちのためにしてくださったみわざを思い起こ し、主を信じる歩みを新たにしたい。 |
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