2024年度 礼拝メッセージ |
月日
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題
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聖書箇所
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2024.05.12 |
白石剛史師 どうして私に
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ヨハネの福音書4章1〜14節
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聖書のみことば (新改訳聖書2017) メッセージ |
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「どうして私に」
ヨハネ福音書4章1-14節
序、サマリヤの女 (1) これから何回かに分けて、サマリアの女とイエス様との出会いを通してイエス様を 信じることの幸いを味わって行きたい。 イエス様はたった一人の魂をも大切にされる お方として、敢えてサマリアを通ってガリラヤへ行く道を選ばれ、一人の女に語りか けられた。 その女性は、様々な事情ゆえに何層もの厚い壁を心に持っていたと言える が、イエス様はその壁を越えて彼女の魂に触れ、彼女を救いへと導かれる。今回はそ の彼女が抱えていた心の壁がどのようなものであったか、そしてイエス様がそれをど のように乗り越えられたかを考えてみたい。 1. 出会いの場所 スカルの町は、「ヤコブがヨセフに与えた地所」 (シェケム) との関連で語らない と場所がわからないほど、人に知られていない田舎の町であり、しかもそこから2キ 口ほどもある孤立した井戸がイエス様との出会いの場であった。このロケーションだ けでも、女性の疎外感・孤独感が感じられる。 2. 出会いの時刻 「第六の時」 (4:6) とは正午のことである。 水汲みは乾燥地帯では生活の基礎であ ったが、誰も炎天下の真昼間に水汲みなどしない。彼女は敢えて誰とも顔を合わさず に済む時刻を選んで水汲みをするほど、人目を避けて生きていたことが伺える。 3. ユダヤ人 vs サマリア人 女は「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリア人の私に水を求めるのか」 (4:9) と問う。 ユダヤ人とサマリア人とは、何百年以上にも遡る歴史的対立がある。それは 同じ物を共有(シュンクラオマイ)することのない、生理的嫌悪感に裏打ちされた対 立だった。 それなのにイエス様は彼女の甕を使って水を飲ませて欲しいと言われたの である。 4.男vs女 エエリント 11:3~10(パウロの手紙)~12~14 当時のラビはみな男であるが、女とは決して話さなかった。女は劣った被造物で、 誘惑に弱く、汚れた存在だと考えたゆえであるが、イエス様はそのような女性蔑視・ 軽視の価値観に支配されることなく、一人の人間として彼女に向き合われたのである。 5. 離婚と同棲 彼女は過去に5回離婚を経験している (4:18)。 女が法的自立権を持たない社会で、 自ら離婚を宣言したり、要求したり、訴えたりできない中で、一方的に5回も離婚宣 言をされて来た彼女は、もはや男にはうんざりしていただろうが、男の名義がなけれ ば何もできない社会では、誰か保護者としての男を見つけざるを得ない。 今、彼女が 男と同棲しているのはそのような事情ゆえなのである。 6.壁を乗り越えるイエス様 イエス様が女を井戸で待っておられたのは、女からすれば偶然と見えたかもしれな いが、イエス様の側では女の魂のための意図的・計画的行為だった。 私たちも、その ような神様の側からのご準備に、後から気づくことが多いものである。私たちがどの ような重荷や痛みを抱えて生きているかを分かった上で、裁くためにではなく、癒す ために、その心の中に踏み込んでくださるイエス様との出会いこそ、私たちにとって 永遠の価値ある経験なのである。 |
2024年5月12日 |
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