「今がその時」 ヨハネ福音書4章3-26節
サマリアの女とイエス様の会話から続けて学ぶ。前回は、民族対立や男女差別、日 常の暮らし向き改善など、「この世のこと」にばかり向けられていたサマリアの女の目
を、イエス様が「永遠のいのち」や「神の賜物」という表現で「天の世界」に向けさせ たこと。そして「外界の状況」にばかり向けられていた彼女の目を、「わたしはあなた
の内側にいのちの泉を与える」と内面に向けさせたことを学んだが、今回は過去と将 来に向いていた彼女の目を、「今、この時」に向けさせるイエス様の導きを学びたい。
1. 過去からの遺産・・・ヤコブの井戸が象徴するもの
雨の少ないパレスチナでは井戸はスカルの町が生き延びるための生命線であり、長 い歴史の中で、先祖たちが守り通してくれたものでもあったが、それにとどまらず、
イスラエル十二部族の長ヤコブが残した井戸は、ユダヤ人・サマリア人の対立構造に 生きるスカルの町の人にとって、自分たちこそイスラエル民族の主流派だという自負
の象徴だったのである。
2. 将来への期待・・・メシア待望
サマリアの女はいつか来るメシアへの期待を口にするが (4:25)、彼女にとっての メシアは単なる政治・軍事的解放者ではなく、すべての不条理の意味を理解させてく
れる存在だった。どうして人は民族対立・宗教対立・男女差別・生活苦・人間関係のト ラブルに苦しまねばならないのか。メシア到来を口にする彼女の言葉からは、「いつか
わかる日が来る」という期待が彼女を支えていたことが窺える。
3. 女性の内面を掘り下げるイエス様
女性の目を「今」に向けさせるため、イエス様は「夫を呼んで来なさい」と言い、 彼女の過去を言い当てる。それにより、目の前の男が本物の預言者だと思った女は、
かねてから聞いたかったこと、民族・宗教間対立の象徴である礼拝場所の問題を持ち 出すが、イエス様は「霊と真理によって」 「今この時」という視点で答えられる。礼拝
の本質は人の心の状態にあるのであり、それは今実現可能なことだと言われたのである。
4. 救いは「今」与えられる
「今」に目を向けるとは、比較による評価によって生きることからの解放であると も言える。すなわち、サマリアの女が民族間・宗教間・男女間・人間間の比較によって
価値判断していたことから目を離すべきことをイエス様は示されたのである。人は神 に目を向けるべきこと。内面に目を向けるべきこと。そして、今に目を向けるべきこ
と。それによって「いのちの泉」を得るのだとおっしゃったのである。