2024年度   礼拝メッセージ
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聖書箇所

2024.09.01

稲垣博史師  共に生きるために
コリント人への手紙第二7章2〜4節
聖書のみことば (新改訳聖書2017)  メッセージ  


「私はあなたがたを責めるために言っているのではありません。前にも言ったように、あなたがたは、私たちとともに死に、ともに生きるために、私たちの心のうちにあるのです。」              Uコリント人への手紙第二7章3節

稲垣博史師
「ともに生きるために」 第二コリント7章2〜4節

初めに
 2節から推測すると、コリント教会の人たちはパウロへの信頼を失いかけていた。パウロは不正をした のではないか、だれかを酷い目に合わせたのではないか、だれかから不当な利益を得たのではないかと いうような疑いを掛けられていたようである。 そういうコリント教会の人たちにパウロは「あなたがたは、私たちとともに死に、ともに生きるため に、私たちの心のうちにあるのです」と言う。パウロにとって、コリントの兄弟姉妹は大事ないのちの 交わりの中に、ともに生きる存在であった。私たちは、どのようにしたら「ともに生きる」ことができ るのだろうか。

  1 心を開くこと
  パウロは「私たちに対して心を開いてください」と、コリントの人たちに訴える。相手に心閉じら れてしまうことほど、つらいことはない。パウロがコリントの教会の人たちになぜ疑われるのか、パウ 口にはまったく理解できない。パウロはいつも神から来る純真さと誠実さとをもって行動していると考 えている (1章12節)。
  互いに信頼し、心を開き合うことができる、それこそが「共に生きる」ための第一の条件である。私 たちがたがいにキリストの友として召されている。信頼されるに足りない、不十分な者を、キリストが 心を開いて受け入れてくださって私の友となってくださった。私たちがイエスから受け入れられている とするなら、イエスが愛し、受け入れている人に対して、どうして心を開くことができないのだろうか。

  2 心に受け入れること
  パウロは自分を疑うコリントの人たちを責めてはいない。そして、「生きるにしても死ぬにしても私た ちをあなた方から離すものは何一つない」 (3節の英語訳) と呼びかける。パウロの心のうちに相手はい る。どんなことがあっても、キリストにある友であるコリントの人々を愛してやまない。 私たちは、兄弟姉妹を一人の人格として心に受けいれているのかどうか、と問われる。イエスは「わた しは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」と言われた。私という存在が、イエスの心の 外にあったことは一瞬たりともない。そのことを心から受けとめたい。


  3 心から尊敬すること
 確かに、コリント教会には解決すべき問題があった。それでも、パウロはコリントの人たちを信頼し ていた。人間は神のかたちとして創られた。罪によってそれが損なわれたにせよ、キリストを信じるこ とによって、神のかたちが再創造され、神の国を受け継ぐ立場にある人たちである。問題があるにせよ、 軽度したり、疑っていたりするなら、どうして「ともに生きる」ことができるだろうか。

  終わりに
  私たちはいつか神の完成される新しい国に生きることになる。そこには、キリストを中心とする何の 隔てもない交わりがあるはずだ。今、この地上でも、その神の国での交わりのいくばくかをも味わうこ とができ、それによって、神の国の恵みをあらわすことができれば、何とすばらしいことだろうか。

コリント人への手紙第二7章2〜4節

7:2 私たちに対して心を開いてください。私たちはだれにも不正をしたことがなく、だれも滅ぼしたことがなく、だれからもだまし取ったことがありません。
7:3 私はあなたがたを責めるために言っているのではありません。前にも言ったように、あなたがたは、私たちとともに死に、ともに生きるために、私たちの心のうちにあるのです。
7:4 私には、あなたがたに対する大きな確信があり、あなたがたについて大きな誇りがあります。私は慰めに満たされ、どんな苦難にあっても喜びに満ちあふれています。

2024年9月1日礼拝 稲垣博史師