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2024年10月6日宣教概要
神のみこころに添って( 第二コリント7章5〜16節
1 すばらしい脱線(2章13節〜7章4節)
2 テトスとの再会によって与えられた喜び(75節〜9節)
パウロはテトスと再会してなぜ喜んだのか。
(1) コリント教会の人々がパウロとの関係を反省したので。
(2) コリント教会の人々がある事柄について悔い改めたので。
3 救いに至る悔い改め 悔い改めとは、人間全体がそれまで向かっていた方向からキリストに向かって180度転換すること。
(1)「救いに至る悔い改め」に必要なのは「神のみこころに添った悲しみ」(9節)。
(2) 死をもたらす「世の悲しみ」 (10節)
(3) 「神のみこころに添った悲しみ」によって生じた悔い改めは、現実の行動に大きな変化をもたらす (11節)。
終わりに
(1) 神のみこころに添った悔い改めの大切さ。
クリスチャン生活は、悔い改めに始まり、悔い改めが続き、悔い改めに終わる。クリスチャンになると いうことは、まず、キリストに背を向けていた自分が方向転換して、キリストに向かうことだが、それで
悔い改めが終わるのではない。信仰生活を続ける中で、私たちは神の前の自分の本当の姿が知らされて くる。そのときに、神の前に悔い改め、もう一度神の方向に向き直るということができるのは、何と幸い
なことか。
(2) 主にある交わりは、現実の問題をともに共有することを通して深められる。
コリント教会とパウロそしてテトスとの関係は、この出来事が起きる前と後とでは、ずいぶん違ってい ることを感じないわけにはいかない。コリント教会に起きた、ある悲しい出来事を巡って、パウロとコリ
ント教会の間には緊張が起きた。パウロは、その問題の解決のために、率直な意見を述べ、それによって、 コリント教会の人々は自分たちの過ちに気づき、悔い改め、パウロに対する信頼を深め、パウロもコリン
ト教会の人々をさらに信頼するようになった。 私たちが主の前に悔い改めるべきことを悔い改め、さらに、ともに現実の問題、課題を分かち合いつつ
交わりを深め、たがいに成熟していくことができるように祈ろう。
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コリント人への手紙第二7章5〜16節
7:5 マケドニアに着いたとき、私たちの身には全く安らぎがなく、あらゆることで苦しんでいました。外には戦いが、内には恐れがありました。
7:6 しかし、気落ちした者を慰めてくださる神は、テトスが来たことで私たちを慰めてくださいました。
7:7 テトスが来たことだけでなく、彼があなたがたから受けた慰めによっても、私たちは慰められました。私を慕うあなたがたの思い、あなたがたの深い悲しみ、私に対する熱意を知らされて、私はますます喜びにあふれました。
7:8 あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、私は後悔していません。あの手紙が一時的にでも、あなたがたを悲しませたことを知っています。それで後悔したとしても、
7:9 今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちから何の害も受けなかったのです。
7:10 神のみこころに添った悲しみは、後悔のない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。
7:11 見なさい。神のみこころに添って悲しむこと、そのことが、あなたがたに、どれほどの熱心をもたらしたことでしょう。そればかりか、どれほどの弁明、憤り、恐れ、慕う思い、熱意、処罰をもたらしたことでしょう。あの問題について、あなたがたは、自分たちがすべての点で潔白であることを証明しました。
7:12 ですから、私はあなたがたに手紙を書きましたが、それは不正を行った人のためでも、その被害者のためでもなく、私たちに対するあなたがたの熱心が、あなたがたのために神の御前に明らかにされるためだったのです。
7:13 こういうわけで、私たちは慰めを受けました。この慰めの上にテトスの喜びが加わって、私たちはなおいっそう喜びました。テトスの心が、あなたがたすべてによって安らいでいたからです。
7:14 私はテトスに、あなたがたのことを少しばかり誇りましたが、そのことで恥をかかずにすみました。むしろ、私たちがあなたがたに語ったことがすべて真実であったように、テトスの前で誇ったことも真実となったのです。
7:15 テトスは、あなたがたがみな従順で、どのように恐れおののきながら自分を迎えてくれたかを思い起こし、あなたがたへの愛情をますます深めています。
7:16 私はすべてのことにおいて、あなたがたに信頼を寄せることができることを喜んでいます。
2024年10月6日 主日礼拝 稲垣博史師

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