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エレミヤ31章1〜22節 「あわれまずにはいられない」 梗概
1.苦節七十年 預言者イザヤは「立ち返って落ち着いていれば、あなたがたは救われ、静かにして信頼すれば、あなた がたは力を得る。」(イザヤ30章15節)と救いを語った。
しかし、エレミヤ書では「平安がないのに平安だ」と語る偽預言者を批判して、預言者エレミヤは、パ ピロンの捕囚となった民に、捕囚の惨めさに甘んじて家族をなして生活をせよ、その町の平安を祈れと
語った。
「バビロンに七十年が満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにいつくしみの約束を果た して、あなたがたをこの場所に帰らせる。」(エレミヤ29章10節)と、二枚腰ともいえる神の「平安を
与える計画」が告げられた。
2. 神の懲らしめを踏まえての深い慰め
エレミヤ書31章は、神のイスラエルへの深い愛が語られて「慰めの章」と呼ばれる。 「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに真実の愛を尽くし続けた。
おとめイスラエルよ。再びわたしはあなたを建て直し、あなたは建て直される。」 (31章4節)
「わたしは彼らの悲しみを喜びに変え、彼らの憂いを慰め、楽しませる。 祭司のたましいを髄で潤す。わたしの民は、わたしの恵みに満ち足りる。」 (31章14節)
「あなたがわたしを懲らしめて、私は、くびきに慣れない子牛のように懲らしめを受けました。
私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ。あなたは私の神だからです。 私は立ち返った後で悔い、悟った後で、ももを打ちました。恥を見て、辱めさえ受けました。
若いころの恥辱を私は負っているのですと。」 (31章18・19節)
3. はらわたがわななくほどの神の愛
ここに「我腸痛む(われはらわたいたむ)」との文語訳聖書の言葉が登場する。
「それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない。」 (31章20節)
はらわたは激しい感情の宿るところとされ、身体と心が一つであること、全身全霊で神は民をあわれ まれることが伝わってくる。
自分に背いたわが子イスラエルを懲らしめつつ、神ははらわたがわななくほどに深く愛しておられた。 この聖書の言葉から北森嘉蔵先生の名著 「神の痛みの神学」は生み出されることになる。
神の愛は単なる愛ではない、むしろ、わが子の罪のゆえに心を痛め、胸を痛め、腸がわななくほどの 痛みとして表されたということ。
思い通りにならず、むしろ自分を裏切っていくわが子ゆえに悲しみ、痛む神は、あまりに人間的だが、 神を観念的に捉える傾向のあった欧米の神学に、アジア人の聖書理解は衝撃を与えることになった。
はらわたをわななかせるほどに罪ある私を愛してくださる神であることに心を致したい。 
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エレミヤ書31章1〜22節
1:1 「そのとき──主のことば──わたしはイスラエルのすべての部族の神となり、彼らはわたしの民となる。」
31:2 主はこう言われる。「剣を免れて生き残った民は荒野で恵みを見出す。イスラエルよ、出て行って休みを得よ。」
31:3 主は遠くから私に現れた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに真実の愛を尽くし続けた。
31:4 おとめイスラエルよ。再びわたしはあなたを建て直し、あなたは建て直される。再びあなたはタンバリンで身を飾り、喜び踊る者たちの輪に入る。
31:5 再びあなたはサマリアの山々にぶどう畑を作り、植える者たちは植え、その初物を味わう。
31:6 エフライムの山で、見張る者たちが『さあ、シオンに、私たちの神、主のもとに行こう』と呼びかける日が来るからだ。」
31:7 まことに、主はこう言われる。「ヤコブのために喜び歌え。国々のかしらに向かって叫べ。告げ知らせよ、賛美して言え。『主よ、あなたの民を救ってください。イスラエルの残りの者を。』
31:8 見よ。わたしは彼らを北の国から連れ出し、地の果てから彼らを集める。その中には、目の見えない者も足の萎えた者も、身ごもった女も臨月を迎えた女も、ともにいる。彼らは大集団をなして、ここに帰る。
31:9 彼らは泣きながらやって来る。わたしは彼らを、慰めながら連れ戻る。わたしは彼らを、水の流れのほとりに、つまずくことのない平らな道に導く。まことに、わたしはイスラエルには父であり、エフライムはわたしの長子である。」
31:10 諸国の民よ、主のことばを聞け。遠くの島々に告げ知らせよ。「イスラエルを散らした方がこれを集め、牧者が群れを飼うように、これを守られる」と。
31:11 主はヤコブを贖い出し、ヤコブより強い者の手から、これを買い戻されたからだ。
31:12 彼らは来て、シオンの丘で喜び歌い、主が与える良きものに、穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油、羊の子、牛の子に喜び輝く。彼らのたましいは潤った園のようになり、もう再び、しぼむことはない。
31:13 そのとき、若い女は踊って楽しみ、若い男も年寄りも、ともに楽しむ。「わたしは彼らの悲しみを喜びに変え、彼らの憂いを慰め、楽しませる。
31:14 祭司のたましいを髄で潤す。わたしの民は、わたしの恵みに満ち足りる。──主のことば。」
31:15 主はこう言われる。「ラマで声が聞こえる。嘆きとむせび泣きが。ラケルが泣いている。その子らのゆえに。慰めを拒んでいる。その子らのゆえに。子らがもういないからだ。」
31:16 主はこう言われる。「あなたの泣く声、あなたの目の涙を止めよ。あなたの労苦には報いがあるからだ。──主のことば──彼らは敵の地から帰って来る。
31:17 あなたの将来には望みがある。──主のことば──あなたの子らは自分の土地に帰って来る。
31:18 わたしは、エフライムが悲しみ嘆くのを確かに聞いた。『あなたが私を懲らしめて、私は、くびきに慣れない子牛のように懲らしめを受けました。私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ、あなたは私の神だからです。
31:19 私は立ち去った後で悔い、悟った後で、ももを打ちました。恥を見て、辱めさえ受けました。若いころの恥辱を私は負っているのです』と。
31:20 エフライムは、わたしの大切な子、喜びの子なのか。わたしは彼を責めるたびに、ますます彼のことを思い起こすようになる。それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない。──主のことば──
31:21 あなたは自分のために標識を立てて道しるべを置き、あなたが歩んだ道の大路に心を留めよ。おとめイスラエルよ、帰れ。これらの、あなたの町に帰れ。
31:22 背信の娘よ、いつまで迷い歩くのか。主はこの地に、一つの新しいことを創造される。女の優しさが一人の勇士を包む。」
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