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2024年12月8日 アドベント第二主日礼拝
「慰めと贖い」(ルカ福音書2章21-40節 )
私たちは一般に、何か素晴らしいものを手にすることこそが祝福だと考えてしまい、 その素晴らしいものを待ち望むこと自体に祝福があることに気づかないものですが、
聖書は「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる」 (イザヤ40:31) と語り、待ち望むことがもつ祝福を教えます。アドベント第二週に
当たって、救い主を待ち望んできたシメオンとアンナの物語から、神様・イエス様の 与えてくださる祝福は何かを学びたいと思います。
シメオンとアンナが待ち望み、与えられたものは何だったのでしょうか。シメオン はイスラエルの慰めを待ち望んでいたと聖書は記し (2:25)、アンナはエルサレムの
贖いを待ち望んでいた多くの人々に幼子イエス様のことを語ったと記されています (2:38)。ですから、イエス様は「慰めと贖い」をもたらすお方だったと言えるのです
が、いったいこれらは何を意味するのでしょうか。
1. 人はみな慰めと贖いを必要としている
人は人生において誰しも一度ならず傷を受ける。つまり、被害者になります。それ ゆえに人はその傷についての慰めを必要としていると言えるでしょう。また一方で、
人は自分の持つ罪ゆえに、その人生で誰かを傷つけてしまうものですが、それについ ては順われること、すなわち赦されることを必要とすると言えます。その意味で、救
い主イエス様は、誰しもがその人生で必要とする二つのこと、慰めと赦しをもたらし てくださるお方だと言えるのです。
2. イエスがもたらす慰めとは
聖書が語る慰めは、日本人が一般的に考える慰めとは違うニュアンスがあります。 「慰める」 (パラカレオー)は、傍ら (パラ)で呼びかける (クレオー)
という意味で すから、イエス様が慰めをもたらしてくださるお方だということは、イエス様は私た ちの傍にいて、助言・戒め・警告など、様々なことを語りかけてくださるお方だとい
う意味だと言えるでしょう。ヨプの三人の友人による虚しい慰めの例に見られるよう に、人間の与える慰めや助言は的外れなものが多いものです。それゆえに、まことの
慰めは全てのことを知っておられ、全てを公正・公平に判断してくださる神様だけか ら来ることを知り、その神様からの慰めを待ち望める人こそが幸いなのだと言えるの
です。
3. イエスがもたらす贖い (赦し)とは
「贖い」と聞きますと、イエス様の十字架による贖いをすぐに連想するかもしれま せんが、今回の箇所では、幼子イエスによってすでに願いがもたらされていることが
アンナによって示されているのです。まだ十字架にかかる遥か前、幼子であるイエス 様が願いをもたらしたというのは、どういう意味でしょうか。救い主は、普通の人間
と全く同じように幼子として生まれ、罪人である私たち人間が捧げるのと同じものを 主に捧げ、同じプロセスを通って成長され、十字架にまで至られました。イエス様の
与える十字架による贖いは、決して購い金だけ払って買い戻しをするようなものでは なかったのです。私たちの弱さに同情できるように、ご自分でも悩み・苦しみ・辱め・
痛みを経験することを通して喰い (赦し)を成し遂げようとされる救い主の謙遜を、アンナは幼子イエスの姿に見出したのでした。天の高みから見下ろすような方法によ
ってではなく、私たちの目線にまで降りて来て与えてくださる贖い (赦し) への感謝 を決して忘れたくないものです。
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ルカによる福音書2章21〜40節
2:21 八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子の名はイエスとつけられた。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。
2:22 そして、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子をエルサレムに連れて行った。
2:23 それは、主の律法に「最初に胎を開く男子はみな、主のために聖別された者と呼ばれる」と書いてあるとおり、幼子を主に献げるためであった。
2:24 また、主の律法に「山鳩一つがい、あるいは家鳩のひな二羽」と言われていることにしたがって、いけにえを献げるためであった。
2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルが慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上におられた。
2:26 そして、主のキリストを見るまでは決して死を見ることはないと、聖霊によって告げられていた。
2:27 シメオンが御霊に導かれて宮に入ると、律法の慣習を守るために、両親が幼子イエスを連れて入って来た。
2:28 シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。
2:29 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。
2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。
2:31 あなたが万民の前に備えられた救いを。
2:32 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」
2:33 父と母は、幼子について語られる様々なことに驚いた。
2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリアに言った。「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れたり立ち上がったりするために定められ、また、人々の反対にあうしるしとして定められています。
2:35 あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります。それは多くの人の心のうちの思いが、あらわになるためです。」
2:36 また、アシェル族のペヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。この人は非常に年をとっていた。処女の時代の後、七年間夫とともに暮らしたが、
2:37 やもめとなり、八十四歳になっていた。彼女は宮を離れず、断食と祈りをもって、夜も昼も神に仕えていた。
2:38 ちょうどそのとき彼女も近寄って来て、神に感謝をささげ、エルサレムの贖いを待ち望んでいたすべての人に、この幼子のことを語った。
2:39 両親は、主の律法にしたがってすべてのことを成し遂げたので、ガリラヤの自分たちの町ナザレに帰って行った。
2:40 幼子は成長し、知恵に満ちてたくましくなり、神の恵みがその上にあった。
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