2024年度   礼拝メッセージ
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聖書箇所

2025.02.02

  稲垣博史師  主にあって誇りたかく
コリント人への手紙第二10章1〜8節

聖書のみことば (新改訳聖書2017)  メッセージ  

「誇る者は主を誇れ。」
  コリント人への手紙第二10
章17節
     

  

「誇り高く生きる」 コリント人への第二の手紙10章1〜18節 

 教会の中で互いの間に色々な摩擦や問題が起きることはある。コリント教会にはパウロに対して批判的な人たちがいて、パウロは悩んでいたことが分かる。

  A. なぜ問題が起きるのか
 (1)外見で判断する(2節)
  パウロに反対する人たちに対し、パウロは「あなたがたは、うわべのことだけを見ている(7)」と語る。私たちは、本当にその人と交わり、話し合ってその人を理解しようとしているだろうか。
  (2)高ぶる(5節)
  私たちは他の人が高慢であるということはすぐ感じるが、自分も同じであることに気がつかない。自分が何か人よりも優れ、人を支配する力があるように考えると、自分に都合の良いように計画を立て、人を利用しようとする。そその高ぶりの原因は「神の知識に逆らって立つ」というところにあるとパウロは言う。神を知っていると言いながら、現実的には神のみこころを無視し、自分の思い、計画を優先する姿勢がそこにある。
  (3)互いに主の民であることを忘れる(7節)  
  私たちの間に問題が生じるとき、私たちは相手も同じ主の民であること、主の哀れみと恵みによって、罪から救われ、同じ御国の世継ぎとされていることを忘れやすい。同じ罪人であるが、同じ主によって救い出された者であるという認識が、私たちをへりくだらせ、たがいを認め、ともに生きることを可能にする。
  (4)自分を誇る(12節)
  私たちは、いつの間にか自分が何者であるかのように誇り、高慢な態度が知らずのうちに生まれてくる。パウロは他の人の態度に、自分の弱さを見いだしていたのだろう。

B. 祝福された関係を築くために
  (1)キリストの柔和と優しさを求める(1節)  
  私たちの模範は「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負つて、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます」(マタイ11:29)と言われるキリストご自身である。
 (2)互いにキリストに属する者であることを感謝し、ともに喜ぶ(7節)。
   私たちはこの世に 贖い出され、キリストのご支配に移された。だが、それは私だけのものではない。キリストに属する人たちが大勢いる。それぞれ個性が違い、考え方も違うかもしれないが、同じ父を持つ一つの家族のメンバーである。お互いに受け入れ、喜び、感謝することができるはずだ。
 (3)主にあって誇る(17節)
 神が人を神のかたちに似せて創つてくださったとは何と誇るべきことか。他の人たちも同じように神によって創造されたゆえに、その人格を尊重するというあり方につながっていく。また、この世界を神のみこころに従って管理することを委ねられたということも私たちの誇りである。。さらに、神は私たちに十戒を基本とする道徳律を与えられた。それに従って生きる時に、人間は自分を誇りに思うことができる。誇り高く生きるということは、クリスチャンにとって求めるべき生き方である。「誇る者は、主にあって誇れ」ということばはまさにパウロの心からの確信なのである。私たちは、キリストのものとされたことを高く誇っているだろうか。キリストの柔和さと寛容を求めて生きているだろうか。ともに、キリストを誇り、キリストにあって気高い生を送りたい。

 コリント人への手紙第二10章1〜8節  
 10:1 さて、あなたがたの間にいて顔を合わせているときはおとなしいのに、離れているとあなたがたに対して強気になる私パウロ自身が、キリストの柔和さと優しさをもってあなたがたにお願いします。
10:2 私たちが肉に従って歩んでいると見なす人たちに対しては、大胆にふるまうべきだと私は考えていますが、そちらに行ったときに、その確信から強気にふるまわないですむように願います。
10:3 私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。
10:4 私たちの戦いの武器は肉のものではなく、神のために要塞を打ち倒す力があるものです。
10:5 私たちは様々な議論と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち倒し、また、すべてのはかりごとを取り押さえて、キリストに服従させます。
10:6 また、あなたがたの従順が完全になったとき、あらゆる不従順を罰する用意ができています。
10:7 あなたがたは、うわべのことだけを見ています。もし自分はキリストに属する者だと確信している人がいるなら、その人は、自分がキリストに属しているように、私たちもキリストに属しているということを、もう一度よく考えなさい。
10:8 あなたがたを倒すためにではなく、建てるために主が私たちに与えてくださった権威について、私が多少誇り過ぎることがあっても、恥とはならないでしょう。
10:9 私は、手紙であなたがたを脅しているかのように思われたくありません。
10:10 「パウロの手紙は重みがあって力強いが、実際に会ってみると弱々しく、話は大したことはない」と言う人たちがいるからです。
10:11 そのような人は承知していなさい。私たちは、離れて書く手紙のことばどおりの者として、そちらに行ってもふるまいます。
10:12 私たちは、自分自身を推薦している人たちの中のだれかと、自分を同列に置いたり比較したりしようとは思いません。彼らは自分たちの間で自分自身を量ったり、互いを比較し合ったりしていますが、愚かなことです。
10:13 私たちは限度を超えて誇りません。神が私たちに割り当ててくださった限度の内で、あなたがたのところにまで行ったことについて、私たちは誇るのです。
10:14 私たちは、あなたがたのところに行かなかったかのようにして、無理に手を伸ばしているのではありません。事実、私たちは他の人たちに先んじて、あなたがたのところにキリストの福音を携えて行ったのです。
10:15 私たちは、自分の限度を超えてほかの人の労苦を誇ることはしません。ただ、あなたがたの信仰が成長し、あなたがたの間で私たちの働きが、定められた範囲の内で拡大し、あふれるほどになることを望んでいます。
10:16 それは、あなたがたより向こうの地域にまで福音を宣べ伝えるためであって、決して、ほかの人の領域ですでになされた働きを誇るためではありません。
10:17 「誇る者は主を誇れ。」
10:18 自分自身を推薦する人ではなく、主に推薦される人こそ本物です。

 

          2025年2月2日 稲垣博史師