新しい者とされ、神の約束に生きる(創世記32章22〜32節)
「ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。」コリント人への手紙第二5章17節
1 神の約束の中を生きたアブラハムたち
アブラハムの子孫を通し、やがて地上のすべての国々、全世界が祝福を受けるようになる約束は(創世26:4)、イサク、ヤコブにと代々受け継がれていく。アブラハムに約束されていた子孫とはイエスである。アブラハムの子孫を通して全世界が祝福されるということが、イエス・キリストの来臨によって成就した。神の民の歴史は今日の私たちにつながる。
2 神の約束をいただいて歩む
神はヤコプに約束された。「あなたとともにいて、あなたがどこへ行ってもあなたを守り、 あなたをこの地(カナン)に連れ帰る。」(28:15)だが、エサウは四百人を引き連れて迎えにやって来るという
(32:6)。ヤコブは宿営を二つに分け、神に守りを祈り求める。兄エサウーは前もって家畜を贈っておく。エサウをなだめた後で、エサウと顔を合わせる算段だ。
3 新しい名を与えられ、新しい者とされる
ヤコブは、一族の者や、所有する奴隷、残りの家畜をすべて、ヤボク川を急ぎ渡らせた。 その夜、ヤコプー人になったとき、み使いが彼に現れる。ヤコブはみ使いに、「あなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ」と迫り、み使いはその場でヤコブを祝福した。祝福のクライマックスとして、彼は新しい名を与えられる。最高の祝福であった。それは、尊大な者であった彼が、新しくなった人にふさわしい生き方をすることを意味する。
4 私たちも新しい者とされて神の約束に生きる
私たちはキリストにあって神の子とされ、キリストの恵みによって新しくされるという祝福をいただいている (IIコリ 5:17)。そのことが、ものの見方の変化や、聖い歩みとなって現れるが、それは聖霊によることである。それまではこの世の基準に従って歩んでいた者が、自分のからだをもって神の栄光を表したいと願う者に変えられる。
ももの関節を外されたヤコプは、弱さを抱えてへりくだらされつつ、エサウとの再会に向かう(31節)。私たちも、新しくされた後、人として弱さを覚えつつ神の前にへりくだって歩む。主からの約束がある。やがてわたしたちのからだは贖われるという約束である。パウロは、自分のからだには異なる律法があり、心の律法に対し戦いを挑んでいると告白するが(ローマ
7:18-19,22-24)、そのからだはやがて順われるという約束の成就を、忍耐して待っている(ローマ8:23-25)。私たちも約束を信じ約束の下に立ち続ける者でありたい。
