目下建築工事中(コリント人への第二の手紙12:14〜21)
パウロは、心から愛しているコリント教会のクリスチャンたちのことを心配してい
る。以前コリント教会に送った第一の手紙でパウロは、コリント教会の中に争いがあ ることを指摘し、「皆が語ることを一つにして仲間割れすることなく、同じ心、同じ
考えで一致してください」と訴えていた(1:10)。それから何年経っても、同じような状 態が続いているのである(20)。
それだけではない。性の欲望そのままに放縦な生活をしている人たちがいるのでは ないかと心配している(21)。第一の手紙を読むと、コリント教会の人々の中には以
前そのような人々が悔い改めて、キリストを信じ、その罪を赦された人たちがいたこ とが分かる(6:9〜11)。しかし、その後もコリント教会の中に不道徳なあり方を悔
い改めようとしない人たちがいることをパウロは知ったようだ。
そのパウロは「あなたがたのたましいのために、大いに喜んで財を費やし、自分自 身を使い尽くしましょう」と言っている(15)。パウロの心配は、何よりもコリント
教会の人々の魂だった。人々の神の前におけるあり方こそが、パウロの最大の心配事 であった。
さらに、彼は「愛する者たち、すべては、あなたがたが成長するためなのです」と 語る(19)。「成長する」ということばは、元来、建物を建てることを意味する。
パウロが自分の生涯をかけてしていることは、コリントの教会の人々が、自己中心 や汚れの罪の巣となった、腐りかけた古い建物を壊し、愛と赦しと聖さを特徴とする
美しい建物の建築を助けることだった。その新しい建物が建て上げられることを願っ ておられたのは、誰よりもイエス・キリストご自身である(ヨハネ17:17〜19)。私た
ちが、あらゆる面で聖いものとされ、キリストにある新たな建物が築き上げられるこ とをイエス・キリストは心から願い、祈っておられる。
私という「建物」は、今、どんな状態にあるだろうか。建築はすでに始められたが 、まだ未完成である。主の前に自分の罪を言い表し、心から悔い改めることを通して
、主が私たちの罪を赦し、私たちをきよくしてくださる(ヨハネ第一の手紙1:9)。 私という「建物」が順調に建て上げられるためには、良い材料(聖書のみことば)
を入手し、良い職人(聖霊)にゆだねることである。聖霊は、私たちにそのみことば の意味を解き明かして、私たちを悔い改めに導き、私たちを築き上げ、私たちを主と
同じかたちになるまで、私たちのすがたを変えてくださる (Uコリント3:18)。私たちは 誰一人残らず、目下建築工事中である。いつの日か、完成に至るまで、日々、みこと
ばをいただき、聖霊にゆだねて歩み続けたいと願う。
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コリント人への手紙第二12章14〜21節
12:14 見なさい。私は、あなたがたのところに三度目の訪問をする準備ができていますが、あなたがたに負担はかけません。私が求めているのは、あなたがたが持っている物ではなく、あなたがた自身なのです。子が親のために蓄える必要はなく、親が子のために蓄えるべきです。
12:15 私は、あなたがたのたましいのために、大いに喜んで財を費やし、自分自身を使い尽くしましょう。私があなたがたを愛すれば愛するほど、私はますます愛されなくなるのでしょうか。
12:16 それならそれでよいとして、私はあなたがたに重荷を負わせませんでした。それでも私は、悪賢くて、あなたがたからだまし取ったと言われます。
12:17 私はあなたがたのところに人を遣わしましたが、そのうちのだれかによって、あなたがたをだますことがあったでしょうか。
12:18 私はテトスにそちらに行くように頼み、あの兄弟もともに遣わしました。テトスはあなたがたをだましたでしょうか。私たちは同じ心で歩んだではありませんか。同じ足跡をたどったではありませんか。
12:19 あなたがたは、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと、前からずっと思っていましたか。私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する者たち、すべてはあなたがたが成長するためなのです。
12:20 私は心配をしています。そちらに行ってみると、あなたがたは私が期待したような人たちでなく、私もあなたがたが期待したような者でなかった、ということにならないでしょうか。争い、ねたみ、憤り、党派心、悪口、陰口、高ぶり、混乱がありはしないでしょうか。
12:21 私が再びそちらに行くとき、私の神があなたがたの前で、私を恥じ入らせるのではないでしょうか。そして、以前に罪を犯していながら、犯した汚れと淫らな行いと好色を悔い改めない多くの人たちのことを、私は嘆くことにならないでしょうか。
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