2025年度   礼拝メッセージ
 
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宣教題
聖書箇所
2025.07.06
稲垣博史師
 繕われることの幸い
コリント人への手紙第二13章1〜10節

聖書のみことば (新改訳聖書2017)  メッセージ  

「あなたがたは、信仰に生きているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい。それとも、あなたがたは自分自身のことを、自分のうちにイエス・キリストがおられることを、自覚していないのですか。あなたがたが不適格な者なら別ですが。」   コリント人への手紙第二13章5節

繕われることの幸い  (第二コリント13:1〜10)

コリント教会には自認教師が入り込み、パウロの使徒としての権威を疑わせようとし ていた。また、キリスト者とは思えないような重大な罪をそのまま犯し続けているよ うな人々もおり、パウロは悲しい思いをしていたようだ。今日の箇所から、パウロの 信仰者としての姿が見えてくる。

1 弱そうだが実は強い  罪を犯した人々にはっきりとした態度を取ろうとするパウロの強さ(2節)はどこか ら来るのか。
(1)キリストは権力者によって弱い人のように十字架刑で殺されたが、復活して神の 力を示された(3、4節)。
(2)パウロも迫害を受けたり、人々から批判を受ける「弱い」人間のように受け取ら れていたかもしれないが、神の力によって生かされ、キリストとともに生きている(4 節)。

2 自分のうちにイエス・キリストがおられることを自覚しているかどうかが鍵  人々はパウロ自身に問題があるように考えているようだが、むしろ、あなた方は「 信仰に生きているのか」とパウロは問いかける(5節)。具体的には、「イエス・キリ ストがあなたがたにうちにおられることを、自覚していないの」かと問う。根本的な ところで、何によって、いや誰によって物事の善悪を判断し、自分たちの歩みを定め ているのか、という問いかけである。

3 みんなが「繕われる」ことを何よりも願う   「完全な者」とは、「修理する」、とか「繕う」という動詞の名詞形で、「ほこ ろびたところが繕われた状態」のことである。本来のクリスチャンの生き方に破れが 生じ、ほころびが生じている、その破れが繕われて、本来の姿に戻ることをパウロは 心から願っている。また、10節では「倒すためではなく建てるために主が授けて下さ った権威を用いて、きびしい処置をする必要がないためだ」と語っている。「建てる 」とは、「築き上げる」とか「造り上る」ということを指している。

結語  パウロの心は、イエス・キリストご自身の心である。「本当に信仰に立っているの か、私があなたのうちにいることを認めているのか、あなたが考えたり、言ったり、やったりしていることを見る限り、自分の勝手な考えで、あるいはこの社会の単なる 常識で、私の考えとは違う考えで、私と相談せずにやっているが、それでいいのか」 という問いかけであり、警告である。主は、厳しく私たちを問われると同時に、その 破れたところを針と糸を用い愛をもって丁寧に繕ってくださる。私たちも、主の前に 出て、繕うべきところを示していただき、主に繕っていただき、信仰に立ち、キリス トが私のうちに住んでおられることを認めつつ、キリスト者としての歩みを続けたい と願う。

 

コリント人への手紙第二13章1〜10節

13:1 私があなたがたのところに行くのは、これで三度目です。二人または三人の証人の証言によって、すべてのことは立証されなければなりません。
13:2 以前に罪を犯した人たちとほかの人たち全員に、私は二度目の滞在のとき、前もって言っておきましたが、こうして離れている今も、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦しません。
13:3 こう言うのは、キリストが私によって語っておられるという証拠を、あなたがたが求めているからです。キリストはあなたがたに対して弱い方ではなく、あなたがたの間にあって力ある方です。
13:4 キリストは弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対しては、神の力によってキリストとともに生きるのです。
13:5 あなたがたは、信仰に生きているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい。それとも、あなたがたは自分自身のことを、自分のうちにイエス・キリストがおられることを、自覚していないのですか。あなたがたが不適格な者なら別ですが。
13:6 しかし、私たちは不適格でないことが、あなたがたに分かるように、私は望んでいます。
13:7 私たちは、あなたがたがどんな悪も行うことのないように、神に祈っています。それは、私たちが適格であることを明らかにしたいからではなく、私たちが不適格な者のように見えたとしても、あなたがたに善を行ってもらいたいからです。
13:8 私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます。
13:9 私たちは、自分は弱くても、あなたがたが強ければ喜びます。あなたがたが完全な者になること、このことも私たちは祈っています。
13:10 そういうわけで、離れていてこれらのことを書いているのは、私が行ったときに、主が私に授けてくださった権威を用いて、厳しい処置をとらなくてもすむようになるためです。この権威が私に与えられたのは、建てるためであって、倒すためではありません。