2025年度   礼拝メッセージ
 
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宣教題
聖書箇所
2025.08.03
稲垣博史師
愛と平和の神がともにへ
コリント人への手紙第二13章1〜13節

聖書のみことば (新改訳聖書2017)  メッセージ  

最後に兄弟たち、喜びなさい。完全になりなさい。慰めを受けなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。」

                 コリント人への手紙第二13章11節

「愛と平和の神がともに」(第二コリント13章11〜13節)

  パウロはこの手紙の最後の部分で、コリント教会が抱えている様々な問題がどうしたら解決され るのかを伝えている。
  (1)喜ぶこと  何を喜ぶのか。キリストの救いである。福音にあずかった喜びである。5章14?21節をもう一度 読もう。この福音を信じて、キリストの救いをいただいたことをもう一度確認することだ。そう すれば、救いの喜びが戻ってくるはずだ、とパウロは訴えている。

  (2)繕われること 「完全になる」ということばはほころびや破れを繕うこと、回復、を指すギリシャ語である。 コリントの教会は、偽教師たちが、異なった福音を伝えていた。人間関係でも、男女の関係でも 、悲しむべき状態に陥っていた。そこから回復されること、繕われることが必要だっただ。その ためには、まずキリストの救いとはどういうことなのか、そもそもの意義を確認することが必要 だった。

  (3)慰めを受けること 「慰めを受けなさい」は、「励まし合いなさい」とも訳すことができる。互いに、祈りあい、支 えあい、慰め合い、注意し合い、援けあうこと、兄弟姉妹との関係において、現実になれば、なん と素晴らしいことか。

  (4)思いを一つにし、平和を保つこと コリントの教会に集う兄弟姉妹の思い、考え方がバラバラで、反目しあったり、対立があったり して、平和のない状態であったのだろう。そうではなく、福音そのものについても、パウロとい う使徒への態度にしても、お互いに対する態度にしても、よく吟味して、同じ思いになってほし い。「そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます」とパウロは伝える。教 会の兄弟姉妹が、この11節の前半で述べられているようなパウロのことばを実行し、教会の中に 愛と平和が実現することによって初めて、この人たちが信じている神は、愛と平和をもたらす神 であることが、すべての人々に明らかになる。

  (5)「聖なる口づけをもって互いにあいさつを交わしなさい」 私たちの間に与えられた愛と平和を具体的なかたちで示すことによって、本当に和解と一致が 心に伝わっていくということであろう。どういう仕方でも愛と尊敬と一致の思いを目に見える、か らだで感じる形で表わしていくということによって、愛と平和の神がここにおられることを、互い に受けとめることができる。

  (6)「すべての聖徒たち」とともに パウロがこの手紙を書いている場所のマケドニアにある諸教会も、コリントの教会の人たちも、 主にあって一つであることをパウロは確認している。マケドニアの諸教会のクリスチャンたちも 、コリントの教会の中にある問題を知って、解決されることを願い、祈っていたのだろう。私た ちも、仲間の教会のために、その祈りの課題を知って、祈り続けよう。

  (7)三位の神の祝福(13節) パウロは三位一体の神の名によって、とても丁寧に、思いを込めてコリントの教会の兄弟姉妹の 祝福を祈る。
  この三位一体の順序に注目したい。主イエス・キリストの恵みが最初である。キリス トの十字架というできごとにより私たちは一方的に罪赦され、神とともに生きることのできる恵 みにあずかった。その結果、私たちは、神の私たちに対する愛がどんなに大きいものなのかが現実 に分かるようになった。そして、聖霊が私たちの内に生きてくださる生活に導かれるようになった という、私たちの信仰の姿がここに示されている。 この三位一体の神の祝福に私たちがあずかり続けることが、私たちが地に足をつけてしっかりと 信仰の歩みを続けていくための、何よりもの秘訣である。

コリント人への手紙第二13章1〜13節

13:1 私があなたがたのところに行くのは、これで三度目です。二人または三人の証人の証言によって、すべてのことは立証されなければなりません。
13:2 以前に罪を犯した人たちとほかの人たち全員に、私は二度目の滞在のとき、前もって言っておきましたが、こうして離れている今も、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦しません。
13:3 こう言うのは、キリストが私によって語っておられるという証拠を、あなたがたが求めているからです。キリストはあなたがたに対して弱い方ではなく、あなたがたの間にあって力ある方です。
13:4 キリストは弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対しては、神の力によってキリストとともに生きるのです。
13:5 あなたがたは、信仰に生きているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい。それとも、あなたがたは自分自身のことを、自分のうちにイエス・キリストがおられることを、自覚していないのですか。あなたがたが不適格な者なら別ですが。
13:6 しかし、私たちは不適格でないことが、あなたがたに分かるように、私は望んでいます。
13:7 私たちは、あなたがたがどんな悪も行うことのないように、神に祈っています。それは、私たちが適格であることを明らかにしたいからではなく、私たちが不適格な者のように見えたとしても、あなたがたに善を行ってもらいたいからです。
13:8 私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます。
13:9 私たちは、自分は弱くても、あなたがたが強ければ喜びます。あなたがたが完全な者になること、このことも私たちは祈っています。
13:10 そういうわけで、離れていてこれらのことを書いているのは、私が行ったときに、主が私に授けてくださった権威を用いて、厳しい処置をとらなくてもすむようになるためです。この権威が私に与えられたのは、建てるためであって、倒すためではありません。
13:11 最後に兄弟たち、喜びなさい。完全になりなさい。慰めを受けなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。
13:12 聖なる口づけをもって互いにあいさつを交わしなさい。すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています。
13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。