主イエス・キリストのしもべとして (ヤコブの手紙1章1〜4節)
1. ヤコブの手紙は「わらの書」か
宗教改革者のマルチン・ルターは、ヤコブ書は福音的な内容があまり認められないから「わらの手紙」、 つまり価値が認められない書だと言っています。しかし、この手紙はキリスト者にとって、イエス・キリス
トを信じて罪赦され、神の子どもとされ、神とともに生きる生き方、生きて働く信仰がどのようなものであ るかを学ぶことができる、非常に大切な手紙です。
2. どの「ヤコブ」か
ヤコブという名前は旧約聖書や新約聖書にいろいろな「ヤコブ」が出てきます。結論から言えば、このヤ コブは、エルサレム教会の中心的な存在であり、イエスの弟のヤコブに違いありません。でも最初はこのヤ
コブはイエスさまを信頼していませんでした。しかし、イエスの十字架と復活、昇天の後、弟子たちが一緒 に集まって祈っていましたが、その中に母マリアとともにイエスの兄弟たちもいました(使徒の働き
1:12~14)。さらに、初期のキリスト教会にとって重要なエルサレム会議(使徒15章)でのまとめ役はこの主 の兄弟ヤコブです(15:13)。使徒の働きからもパウロの手紙からも、ヤコブが初代教会のキリスト者たち
から尊敬されていた人物であることが分かります。
3. 「離散している十二部族」とは
この手紙は「離散している十二部族に」対しての手紙です。「十二部族」と言えば、当然イスラエルの12 部族以外に考えられません。でもヤコブはその12部族一つ一つのことよりも、ユダヤ人たち全体のことを12
部族と呼んでいるようです。そして、そのユダヤ人の中でも「離散している12部族」、つまり、当時地中海 各地に散らされて生活しているいわゆるユダヤ人たちであり、2節で「私の兄弟たち」と呼びかけているよう
に、キリスト者になったユダヤ人たちに対しての手紙です。
歴史的にイスラエルの民は何度も外国に侵略された結果、強制移住の経験をしてきました。また、地中海 の各地に移住していたユダヤ人もいました。各地に移り住んだユダヤ人たちは自分たちの住む町に礼拝のた
めに会堂を建てていました。伝道旅行をしたパウロたちがまず入っていったのは、会堂でした。それだけで なく、エルサレム教会への迫害により、「フェニキヤ、キプロス、アンティオキア」という地中海地域に散
らされ、特にユダヤ人に伝道し(使徒11:19)、その町々にキリスト教会が誕生しました。
4. 「神と主イエス・キリストのしもべ」とは
ヤコブは自分が「神と主イエス・キリストのしもべ」であると言っています。救い主であるイエスという お方はヤコブにとって兄です。自分はあの救い主「イエス・キリストの弟」と書くこともできるはずです。
でも、ヤコブにとってイエスは自分が忠実に仕えるべき主であり、自分はひとりのしもべに過ぎないと考え ていたに違いありません。2章1節では、「私たちの主、栄光のイエス・キリスト」とイエスに対して、最高
の形容をしていることからも、ヤコブが兄イエスをどのように受け止めていたかが理解できます。
ヤコブはイエスとかなり長い間一緒に家で過ごしたはずです。イエスがまさに「しもべ」として人に仕え ておられた姿を間近に見ていたはずです。その結果、ヤコブはイエスを肉親というよりも「栄光の主」とし
て信頼するようになったのでしょう。
おしまいに:
イエス・キリストのしもべとして生きる イエス・キリストは私たちの主であり、私たちはイエス・キリストのしもべです。私たちは嫌々ながら、
イエスのために働く奴隷ではありません。イエス・キリストが私たちにどんなに大きな愛をもって救い、生 かしていてくださるかを知り、心から感謝してイエスに仕える人生を選びました。私たちの主が喜んでくだ
さる生き方はどういうものであるのかをヤコブの手紙を通して学んでいきたいと思います。