イスラエル
クムランの洞窟〜死海
訪問先
 

 ガリラヤ湖からヨルダン川に沿って南下。エズレル=神が種をまく。
 ハロデの泉ギデオンが1万人の戦士から300人の兵を選別したところ。戦いは数でない、神のバックアップが勝敗を支配する。(士師記7章) 
ベテシャンの遺跡、ローマ時代の円形劇場(8000人収容) ヨシュア記11章
ギルボア山  サウルと3人の子供の死。
翌日、戦死者からはぎ取ろうとやって来たペリシテ軍は、サウルとその三人の息子がギルボア山上に倒れているのを見つけた。(サムエル記上31:8)

 


アイ・ノン(7つの泉):ヨハネからイエスが洗礼を受けた場所。 新エリコの町の前方にヨルダン川がある。
(ヨハネ1:19-34)

アベルベホラ エリヤがエリシャに出会う。
ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。またアベル・メホラのシャファトの子エリシャにも油を注ぎ、あなたに代わる預言者とせよ。(列王記上19:16)

ここらへんから乾燥地帯となり、荒地が目立つようになる。

クムランの洞窟
 

●1947年ベドインの少年が洞窟内で、羊の皮の巻物(トーラ)『死海写本』を発見。
●BC8世紀〜BC2世紀
(ハヌモ王の時代)、エッセネ派(自給自足、共有財産制)の生活の場であった。
当時(サドカイ派、パリサイ派、エッセネ派があった。)
そのエッセネ派の一派が、クムラン教団 で聖書の写本を行なっていた。(相当な訓練を受けた学者の集団)。入口に清めの水(レビ記)。光の子(クムラン教団)と闇の子(他の集団)にわけ自分たちを持上げていた? 聖書の写本は全体で3箇所しか異なっていない。
●『死海写本』は
エルサレムのイスレエル博物館に展示されている。

乾燥し、赤茶けた死海のほとりに、昔クムラン教団の隠遁生活が行なわれていたところ。  

エリコ
新エリコ市街

    ● ヨシュアの軍隊がカナン(イスラエル)に攻め入った時(BC1000)、ラッパを吹き鳴らしただけで、エリコの城壁を崩した。(当時の遺跡は小高い丘となっている。(ヨシュア6章)
 
  ●エリシャの泉 エリシャが水源に塩を入れて、水を清めた。
(列王記下2:19) (塩は死海の近くにいくらでもある)

  ●バルテマイの目を見えるようにした、(マルコ10:46-52
 エリコ  写真の新エリコは、現在パレルチナ自治区。
   ヨシュアが滅ぼした町とは 別の場所。
 
●新エリコは、聖書の時代のエリコから南西に約2kmのところにある。
誘惑の山


 

イエスが40日の断食の後、悪魔に導かれて連れてこられたといわれる山(マタイ4:1-11)。現在山の中腹に修道所がある。歩いてしか行けない。
 世界最古の都市がこの山の上にあった。?BC7500年の遺跡がある。ヨシュアの時代は古い都市の上に町を建設した。
 この山の前のレストラン(Temptation)でシシカバブーを食べる

 

ザアカイの木

 

ザアカイが登ったといわれる木(ルカ19章 )
 イエスさまに呼びとめられたザアカイ。
  @罪人はイエスよりも高いところにいる。→A降りてくる。
   再出発=B悔い改めと、今日の救い。

  イエスの愛に包まれている(まわりは荒地死海)

死海

 


死海カエサルホテルのルームキー

死海の浮遊体験 
● なにもしなければ浮く(全てを神にゆだねる人生姿勢が大切?)
塩分濃度(35%、海水の10倍)が濃すぎるため、金属製品は、腐食する。また、傷口、目などに入れないこと。15分以上入っていると漬物になる?
●死海 海抜-400m長さ78km、巾18km (霞ヶ浦と同じ位)600万年前に出来た。塩が1500m堆積している。気圧が高い=気温も高い。
●豊富なミネラルを含んだ死海の水から、エステ化粧品や、石鹸が作られ、売られている。

 

死海についての聖書の言葉
人々が来て、ヨシャファトに、「死海のかなたのエドムから大軍が攻めて来て、ハツェツォン・タマル、つまりエン・ゲディにいます」と告げると、(歴代下20:2)


   カペナウム+ゴラン高原へイスラエルへツィンの荒野