聖書よもやま話
               ポンペイ・ポツオリ・ナポリローマ
 
訪問先  
イタリア・アッシジ 続き。
 ローマからアッシジへの高速道路の両側は日本の中国地方のようになだらかな丘で、遠くに山があり近くは、平地(畑、牧場が広がっていた。 
アッシジでの礼拝 

三本の十字架 真中イエス 右の罪人=目を明け自分の意思で生きている。イエスを非難している。 左の罪人=眼を閉じ頭をうなだれている。神に全てをゆだねた姿勢。 キリストによって生きる=イエス・キリストが、私のために傷を受けてくださった。 

  詩篇101:1 慈しみと裁きをわたしは歌い 主よ、あなたに向かって、ほめ歌います。

アッシジ地図
パウロ寺院

Palazzo Capitano
del
Popolo
アッシジは聖フランチェスコとジヨット(画家)が有名で、聖フランチェスコは13世紀の十字軍が活躍したいた時代の人です。
 十字軍に入って、手柄を立てて騎士になりたかったようです。アッシジの日本人司教から、フランチェスコの生涯について説明があった。

 博物館の内部の壁にいろいろな宗教画が掲げられていた。 食事はアッシジ市内のレストランで、イタリア・スパゲッティだった。水は別途注文、2000リラ(日本円で150円程度) 
 
市内の広場から、ドイツ車のエステマ風タクシー(8人乗り)3台に分乗し、細い市内の道(車一台がやっと通れる幅)を通って、(車は右側通行で乗っていて変な気分だった。)訪れた施設。パウロ寺院、聖クララ寺院、二階がシスターの休息所 イエス・キリストによる救いが必要である。

 3年前の地震で建物が破壊され、建物が石でできており地震に弱い構造で破壊を大きくした。見学できない建物が多かった。さらに2000年のキリスト降誕祭に向けての工事と修復とが重なり町中工事中だった。

アッシジ土産物店のショーウインドー

豚小屋教会(聖フランシスコの生家)入口
聖フランチェスコの誕生を 描いた壁画が飾られていた
城壁や、町の建物はアッシジストンと言わ れる 石を積み上げており、地震に弱い? 白い石と 、赤い石がある
聖チアラ(Chiara)教会から。眼下にウンブリアの平原が広がる見晴らしのいいところだった。
和の祈り 

主よ、わたしを、
 あなたの平和のために用いてください。
 憎しみのあるところに、愛を
 争いのあるところに、和解を、
 分裂のあるところに、一致を、
 疑いのあるところに、真実を、
 絶望のあるところに、希望を、
 悲しみのあるところに、よろこびを、
 暗闇のあるところに、
  光をもたらすことができますように、
   助け導いてください
主よ、わたしに、
 慰められるよりも、慰めることを、
 理解されるよりも、理解することを、
 愛されるよりも、愛することを
  望ませてください。
わたしたちは与えられることによって与えられ、
 すすんで赦すことによって、赦され、
 人のために死ぬことによって
  永遠に生きることができるからです。
   (アッシジの聖フランシスコの祈り)
ロッカ・マジョーレ
雪の残る(3月)、 聖フランチェスコの祈りの場所
食堂 岩山をくりぬいた洞窟。
  寝室も同様
 
祈祷室
木の十字架
ロッカ・マジョーレ山中の宗道場、山の洞窟に住居、食堂、礼拝堂などが、造られ、山全体が霊に満たされているようでした。少し涼しい所で日本の山門のようでした。(大声禁止)聖マリアノ教会 細い道の終わりにあった。

サンダミアーノ教会
 
火の馬車に乗って天国に行く
?
『アッシジの聖フランシスコ』
 …へリンク
(別サイト)
 
リアリティある十字架
 
ローマへの帰りに、高速道路上の雑貨店でパスタと、スパゲッティーを買った。イタリア通貨リラは数字が大きく(×8/100)いろいろなものを買う気が薄れる。支払いは、ドル、リラの両方が使えた。雑貨店は、みやげ物店であり、スパゲッティー、酒、チョコレート、衣類、などが売られたいた。  日本語の挨拶があったが、細かい事は通じないようだ。私達が帰った後、店を閉めていた。
  
 
 

 

ポンペイ,ポツオリ,ナポリ ローマ市内 イスラエル、ダンからベエルシェバまで