イエスさまの弟子
追い出されたアブラハム 随想へ真実の目
 

(この聖書の言葉から、)群集は、イエスさまのお力をいつでも発揮していただこうと考えていました。自分の利益になることなら、神さまでさえ自分の支配下に留めておこうとするしたたかな考えです。これが現実です。ナザレとその近くの村や町の人達は、現実を必死に生きていたものと思わます。
  他人事でない、自分もそのように生きています。そして、…イエスさまは去って行かれました。
  イエスさまは、人間の心奥深くにある『魂の改革』に取組まれたものと思われます。 人間の本質が変わらない限り、社会情勢(支配者)が変わってしまえば元に戻ってしまう。
  それに引き換え、シモン・ペトロは、イエスさまの申し出に従いに船を出し、その時奇跡が起こったのです。本当の自分を見出しました。自分の罪深さに気付かされたのです。そして、・・・イエスさまがペテロのところに来たのです。人生の導き手であるイエスさまが、直伝指導して下さる事ほど幸せはありません。
 イエスさまは群集を味方につけたのではなく、力なくくず折れているシモン・ペトロの味方になって下さいました。(能力や知識に関係なく)  全人生を明渡して、イエスさまに従って行くペトロの姿勢を見させて頂きました。
自分の姿に重ね合わせて考えさせられます。
ルカの福音書4章
42 朝になると、イエスは人里離れた所へ出て行かれた。群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた。
43 しかし、イエスは言われた。「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」
44 そして、ユダヤの諸会堂に行って宣教された。
ルカの福音書5章
1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。
2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。
3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。
4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。
5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。
6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。
8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。
9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。
10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」
11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。
1.大衆を見方に付け、大衆運動でいっきに社会構造を改革する。
  例:ナチスの異常、多数派工作…自己実現、利益追及の為。本当は真理から離れている場合が多い。
2.法律を定め大衆を従わせ、従わない者を罰する。
  例:@校則(拘束)、 許認可制、年齢規制、性別規制  
     A子供の出生時、自分の家を建てるときなど、役所に届け出る。…そんなに知りたかったら、 どうなっているか調べに来るのが筋と思うが届出を待っている。届出を出してもあまり利益がなく、なおさら損害に対する責任を負わない。
3.市民に負いきれないような負担を強いているのに、自分では何も手を貸さない。(マタイ23:1-8・・・ファリサイ人と同じ)
…イエスさまが、ファリサイ人(司法・行政)を非難したのはこんなところだったようです。