空っぽの墓
石の涙随想へ神様の励まし(マリヤの臨んで)
 エルサレムの旧市街の外にあるイエスの墓の入り口は、一人がやっと通れる位の狭い入口です。
見学に訪れた人達が壁の前に並んでいるのでどうしたことかと思っていました。だんだん列が前に進んでいきました。入り口から入ると中は6畳ほどの広さの洞窟となっておりました。中には何もありませんでした。「空っぽの墓」……
 イエスの墓は、聖墳墓教会の地下にあると言われていますが、薄暗く複雑怪奇な教会の中よりもひっそで、飾り気のないこの洞穴の方が復活のイエスに出会えるような気がする。

聖書の言葉

婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。
あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。  (ルカの福音書
24:5-6

イエス様は、ガリラヤの山上でよく人々にお話されました。
   そこで、イエスは口を開き、教えられた。
「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。(マタイ
52-10

「ハレルヤ!主は復活なさった!」と墓から出てきました。パチリ!
私達も、イエスさまと同じように、復活する希望が与えられています。
冬から春になる時、イスラエルは雨季の終わりです。赤茶けた野原が一雨で緑になり花が咲き乱れます。厳しい・絶望の現状から、素晴らしい人生が与えられる保証は、この上ない希望です。